第1回
ESQUISSEって何でしょう
〜習作か、秀作か




高橋〔以下t)・いつか徹底してこういったことをやる必要があるだろうなとは思ってはいたんですよ。一つにはこの「ESQUISSE 3/3」(※1)という作品にまつわる完成までのいきさつは、語られて然るべきものだろうということで。それから、自分は当事者であるがゆえに完全に客観的には成りえないないけれども、その目線を踏まえたうえで、これから初めてamephone作品に触れようとする人たちに、我々がどういう人となりで、どういったことを考えながら作品を作っているのかということも、やはりわかってもらったほうがいいのではないかということがあって。いよいよ、こういったことが必要な理由を丁寧に説明していきつつ、こちらに入ってきやすい形を示していかなければならない時期に来ているのではないのだろうかと。
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※1 ESQUISSE 3/3

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柳川〔以下y〕・今おっしゃったことを受けて話してみると、まずこちらで行っていることをあえて差別化して、アイデンティファイして語っていくべきであろうと思います。今、ネットなど自主管理できるメディアの数は増えているわけだから、自分たちの活動を理念の上から規定してみることは、し易いわけですね。自己規定することの意義というのは、もちろんそれへの反論を予定しているということにあります。つまり我々の外にあるものをむしろ意識したい、外があることを前提としたいと。この意識が立たないと他者と積極的につながりたいという欲求は満たされ無いままになりますから。

t・ええ。では、今回の議論のスタート地点はごく個人的なところから始めたいと思っています。これから語られていくであろう「ESQUISSE 3/3」という作品に僕たちのグループ行雲流水(※2)がamephoneから参加要請を受けたのが三年前、この対談がなされているのと同じ高円寺の土地であったということが、まず思い出されます。そのとき話をした場所は、さっき見に行って来たらつぶれてましたけどね(笑い)。なか真っ暗で。
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※2 行雲流水

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y・杉並コネクションですね。

t・ただ、その日のこと、「ESQUISSE 3/3」に最初に参加を要請された日というのは、はっきりと記憶の中にあります。今回こういった機会を得たこともあって、そこから遡って、僕がそもそもamephoneという名前に触れ、その名前を意識しだしたのはいったいいつ頃のことだったのかと考えてみました。それで本日、自分の記憶と部屋の中をひっくり返してみたのですが、こういったものが出てきたんです。soup-diskからリリースされた「SILVERLIZATION」というオムニバスアルバムです。(※3)
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※3 SILVERLIZATION

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y・おお、ありましたね、こういうのが。このシリーズはジャケットが無いんですが、それが新鮮でした。

t・soup-diskの第一番ですね。クレジットが載せられた透明の小さなカードがついているのですが、読めない!(笑い)なので自分で他に書き写したものがあるんですよ。

y・おお!当時からこういうことをなさっていたんですね、高橋さんは。あ、amephoneは三曲も入ってる。

t・そう、これが十年ほど前のリリースになると思います。それからもう一つ、同時期にamephoneの名前に出会う作品があるのですが、このテープです。(※4)
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※4 『ロラン・バルトとの約束』

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y・と言うことですね。まあ、それであえて申し上げたいのは、今、言われた集団の定義というのは、世の中では非常に稀な存在であるという事ですね。音楽集団であると限定してみればなおさらありがたい立ち位置を獲得していると考えますが。まあ、これ以上強調しないほうがいいのかな(笑い)。

t・そうですね。付き合わされるというと何ですが、実際に音を奏でてくれるメンバーたち、それからその現場に居合わせるお客様たちも、何が飛び出すかわからない状態を共有するということなので、予めこんなことになるということがわからない状態を楽しんでいただかないといけないという事はありますね。

y・あれ!?これどうしたの?

t・いや、買ったんですよ。

y・いや、これって...

t・すごいでしょこれ。

y・どういう状態で売ってました?このテープ...

t・どういうって、こう30cm四方ぐらいの大きさの木のボックス(※5)に入って...
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※5 木のボックス

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y・ああ、あれ買ったの!現在「GAS BOOK」(※6)というのをやってる夏目君がそれ以前にやってたメディアボックスというんでしょうかね、ハコモノですね。いろんなジャンルの作家の小さな作品を箱に詰めて売ってました。一点一点ハンドメイドでね。

t・amephoneはここにカセットテープの作品を提供しているわけですね。これのタイトルというのは...

y・タイトルがどうこうというよりもですね、この作品について少しお話させていただきますと、当時駆け出しの僕は8cmCDの作品(※7)をシリーズでリリースしていて、その第三作目が仕上がった頃でした。夏目君から、今こういうハコモノ、とは言わなかったでしょうが(笑い)、まあ彼の作品を企画しているので何かの形で参加してくれと。それで、じゃあ出来たばかりの件の第三作の中の音源を使って何かやってみましょう、ということになりました。その頃、アヤコレット(※8)がパリに留学中で、よく身辺の環境音などをDATに録って送ってくれていました〔実はこの第三作はパリにいる彼女との音源のやり取りを経て作られたものでした〕。この音と、それから手紙もよく添えてくれていたので、それをこちらで朗読したものを素材にしてコラージュを作ったわけです。
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※7 8cmCDの作品

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※8 アヤコレット

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t・これ改めて聴いたのですが、面白いですね。今回の件があって、Amephoneとの出会いのルーツを求めていたら、こういった二点の作品が出てきたというわけです。一方はオムニバス形式のCD、もう一つはメディアミックスという形でのボックス型の作品。両者とも、たまたま面白そうだということだけで、十年ほど前の同時期に自分で買い求めたわけなんですよ。ところで、このsoup-discの一曲目に提供されている曲とテープ作品の中に収められているある部分は、かぶってますよね、モチーフとして同じものを使われている。韓国語での朗読とか。

y・そうですね。

t・僕は当時、コラージュという作品形態(※9)にすごく惹かれていました。それからサンプリングの手法がすごく身近になった時期のことでもありまして、いわゆるザッピング的に手当たり次第、音をコラージュして作られた作品をよく聴いていたのです。ミクスドメディアのアート作品やカットアップを駆使した映画のような音楽をずっと探していました。いわゆる他人の音源からのサンプリングによるものだけではなく、ラジオやテレビからの音声、環境音や具体音、テキストの朗読...。しかし、このamephoneの作品はそういったものでありながらも、ことさらに異質なものだ、という気が当時からしました。コラージュという方法をとった作品によく見受けられる単なる”雑”な感じとは別なもの。ただ単純に好きなものを集めたというのとは違う、不思議な感覚。
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※9 コラージュという作品形態

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y・今までの話で、高橋さんはコラージュという手法を音楽作品に限らず見ていると思うのですけれど、僕が作品を作り始めた90年代半ば頃にはどんなジャンルでも、コラージュということを前面に立てた作品が作り手の方でも、受け手の方でも完全に了解されていたと思います。これはコラージュ作品です、と言えばそれで済んでしまう状況がサブカルチャーの中ではすでに成立していた。

t・コラージュという方法論が二つの方向に別れていく時期ではなかったかと思います。一つは作家性というものに捕らわれないようにするためのカットアップ的なもの、つまり色濃く作品性を出さないように様々な”雑”なものを突っ込んでいってみようとするもの。

y・ポストモダンと言ってしまえるような方法論ですね。

t・そうすることで自分の枠組みを前提としないものが何か出てきたらそれは面白いであろうという方法論ですね。しかしamephoneの作品には、作家性をぬぐい去りたいがために、いろいろな要素を突っ込むこと、そういったものとは別の色合いが出ている。またもうひとつの方法としてある、これとこれを突っ込めばこんな色になるであろう的な、作家性の補填のための方法論からも離れている。そもそも、こういった最初から狙い澄ましたコラージュはつまらないし、計算づくな感じは気持ち悪かったりするわけですが、amephoneの作品にあるのは、そのどちらの方法論からくるものではない、これはいったい何なんだろうという不思議な色が出ているんですよ...。amephoneは偶然性に身を任せきったランダムさを売りにしている作家でもなく、かといってすべてを計算づくで狙ってつなぎ合わせるシャープさを気取った作家でもない、それなのに本当にすべて上手く収まりがついている。

y・この段階まで来ると、高橋さんが言うコラージュというのは広義の意味でのそれであるということがはっきりしてきたと思います。しかし今その問題からちょっと離れて、まず「ESQUISSE 3/3」についてお話したいと思います。基本的にはこのアルバムではオムニバスの形式をとりたい、というコンセプトがありましたよね。大きく分けると、行雲流水チームとamephoneチーム(※10)。まず行雲流水には図形楽譜(※11)を用いることで、初心者が音楽の演奏に参加できるようにするというはっきりとしたコンセプトがありました。amephoneは彼らなりのポップスをいつもの制作態度でもって数曲提供すると。大きい枠組みで見れば行雲流水とamephoneのスプリットアルバム。ただamephoneの方の楽曲は例によってバラエティーに富んでいますから〔構成メンバーもそのつど違うわけですし〕、全曲並べてみると単独のアーティスト名でくくるのが不可能であるような、コンピレーションアルバムになる。それがこの作品の企画であったわけです。

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※10 チーム

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※11 図形楽譜

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t・最初期にはF.L.Y(※12)もこれに加わって三者三つ巴みたいな話もあったじゃないですか。

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※12 F.L.Y

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y・F.L.Yというグループもアルバムの構成要因の一つとして予定されていたということですね。

t・ええ。その段階、行雲流水の代表である高橋という人間がまず関わったとき、自分たちの出来ることをそのままやってくれればいいというお話を聞いていたので、我々自身についてはそんなに心配はなかったんですね。ただ、一枚のアルバムを作るというこの段で、行雲流水に、F.L.Y、さらにはアヤコレットというアーティストを含めたamephoneチームというものが構成されると、その三つ巴というのをどのように一つのアルバムの中に配置していくのか。アルバムということであれば一つの枠組みが出来るじゃないですか、その枠組みの中でamephoneがどんな風に料理するのかと。自分たちのやることに不安はないけれど、どんな扱いがあり...

y・作品として成立するのかと。

t・ええ。さっきの話に戻りますが、一曲の中でさえ、様々なコラージュが施され、それは偶発的なものでも計算でもない形でミックスされていく。いったいどんなものになるのか最後の最後まで読めないまま...。

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